


桜井 和寿(さくらい かずとし、本名:櫻井和寿(読み方は同じ)、男性、1970年3月8日 - )は、日本のミュージシャン・作詞家・作曲家。東京都練馬区出身。Mr.Childrenのボーカリスト・ギタリストであり、2004年からはBank Bandとしても活動している。アマチュア時代から一貫してMr.Childrenの楽曲のほとんどの作詞・作曲を手がけている。

1982年頃
* 姉のギターを借りて山口百恵の「禁じられた遊び」を単音で弾き真似していた時、姉が冗談で言った「あんた天才じゃない?」という冷やかしを真に受けてしまい、音楽の道を志す。
1985年
* 4月、高校に入学し、田原健一、中川敬輔らと共に軽音楽部内にバンド「Beatnik」結成。
* 12月、初のオリジナル曲「クリスマスナイト」を製作。3人が当時付き合っていた彼女にプレゼントするのが目的だった[1]。
1988年
* 鈴木英哉がバンドに加入。
1989年
* 1月1日、バンド名を「Mr.Children」に改名。
1991年
* 5月、JUN SKY WALKER(S)の寺岡呼人と桜井が「星になれたらいいな」を共作し、「寺岡呼人&ヒズフレンズ 〜かわいい子には旅をさせろツアー〜」に参加。
1992年
* 5月10日、アルバム『EVERYTHING』で「Mr.Children」としてメジャーデビュー。
* 7月6日、オールナイトニッポン月曜2部(深夜3時〜5時)のマンスリー・パーソナリティを務める。
1993年
* 4月2日、TVK「Mutoma World Friday」のVJとして久保田洋司、加藤いづみと共にレギュラー出演(12月31日まで)。毎週金曜日16:45から「横浜みなとみらい21スタジオ」より生放送。
* 10月2日、AIR-G'「FM ROCK KIDS」のレギュラー・パーソナリティを務める(12月25日まで)。毎週土曜日26:00〜27:55放送。
* 11月20日、TVKのイベントライブ「SOUNDS with JOINUS 〜YOKOHAMA POPS NIGHT〜」に参加。場所は神奈川のランドマークホール。共演は久保田洋司、加藤いづみ。
1994年
* 1月、トイズファクトリーの元社員と結婚。当時は必要ないと判断され発表されていなかったが、数ヶ月後に公式に発表された。
* 4月1日、藤井フミヤの3rdシングル「女神 (エロス)」の作曲を手がける。桜井が他人に楽曲提供したのはこの1作のみ(共作は除く)。
* 4月10日、FM802「MISIC GUMBO Sunday」のDJを担当(1995年12月10日まで)。隔週日曜夜10時、KANと交替で担当。
* 4月15日、FM802のイベントライブ「Music Gumbo Live Scramble'94」に参加。場所は大阪厚生年金会館大ホール。共演は佐藤竹善、谷村有美など。
1995年
* 12月1日、寺岡呼人の3rdアルバム『GOLDEN CIRCLE』の中の5曲目「12月のメリーゴーランド」の作曲を共同で行い、9曲目「これが僕の愉快なヒューマンライフ」の作詞を手がける。
1997年
* 2月、元アイドルユニット「ギリギリガールズ」の吉野美佳との不倫が発覚。
* 4月、自宅の地下の作曲ルームに「プロトゥールス」を導入。
1998年
* 3月5日、KANの11thアルバム『TIGERSONGWRITER』の5曲目「Oxanne -愛しのオクサーヌ-」にMasato Kinugasaという偽名でコーラス参加。
* 7月15日、SWITCHによる企画「同時代ゲーム」として、ギター片手に歩きながら路上パフォーマンスを行った。渋谷、円山町のラブホテル街、原宿ラフォーレ前、池袋60階通り、新宿を闊歩。
2000年
* 5月、前妻と離婚。
* 6月、離婚以前より不倫関係にあった、元「ギリギリガールズ」の吉野美佳と再婚。
2001年
* 3月16日、フジテレビ系列の音楽バラエティー番組「桑田佳祐の音楽寅さん 〜MUSIC TIGER〜」に2週に渡って出演し、桑田とカラオケPRIDE対決を行う。
* 4月30日、TBSの開局50周年プロジェクトとして坂本龍一が呼びかけ、地雷撲滅を訴えかけるチャリティー企画ユニット・N.M.L.に参加。テーマ曲「ZERO LANDMINE」が発売され、CDの売り上げは地雷除去のために全額寄付された。
* 10月9日、さいたまスーパーアリーナで開催された「Dream Power ジョン・レノン スーパー・ライヴ」へ出演。田原健一・小林武史と共に一夜限りのユニット「Acid Test」として、ジョン・レノンの楽曲「Mother」をカバーした。
* 11月28日、Sunnyの3rdシングル「Bless you, Thank you」の作詞を手がける。
* 12月14日、10月にカバーしたMotherを改めてスタジオ録音し、セブン-イレブン設置のダウンロード端末「MUSIC DELI」にて500円で期間限定発売(期間は2002年1月31日まで)。その収益はアフガニスタン難民救援のために全額寄付された。
2002年
* 2月16日、Sunnyの4thシングル「はじめの一歩」の作詞を共同で手がける。
* 7月、小脳梗塞で入院。約半年間、音楽活動を休止した。
* 12月21日、病気療養から復帰、音楽活動を再開し、一夜限りのライブ「TOUR 2002 DEAR WONDERFUL WORLD IT'S A WONDERFUL WORLD ON DEC 21」を成功させる。
2003年
* 6月、小林武史、坂本龍一らと非営利組織「ap bank」を設立。
* 11月17日、渋谷公会堂で行われた寺岡呼人主催のイベントライブ「Yohito Teraoka 10th Anniversary Special "Golden Circle vol.05"」に出演。共演はゆずの2人。また、同日に発売された寺岡呼人のシングル「競走(はし)る為にだけ生まれてきた訳じゃねぇ」の作詞も手がけている。
* 12月、TBS系列の音楽番組「クリスマスの約束」に出演し、小田和正と共演。
2004年
* 1月、ap bankの活動の一貫として、「Bank Band」を結成。
2005年
* 2月28日、SHIBUYA-AXで行われた寺岡呼人主催のイベントライブ「Golden Circle vol.07」にシークレットゲストとして出演。共演は奥田民生、TRICERATOPSの和田唱、フジファブリックの志村正彦。
* 9月30日、Acid Test名義でジョン・レノンのトリビュートアルバム『HAPPY BIRTHDAY,JOHN』に参加。2001年末にMUSIC DELIで限定販売された「Mother」が初CD化。
2006年
* 5月31日、EAST ENDのGAKU-MCとのコラボレーションシングル『手を出すな!』発売。
* 11月、RED RIBBON LIVE 2006スピリチュアルソング「生まれ来る子供たちのために」に参加。ライブに先駆けてラジオやYahoo! JAPANの特設サイトで楽曲が配信された。
* 11月18日 Zepp Tokyo、11月25日 Zepp Osakaで行われた「LuckyRaccoonNight vol.1」にKANとのユニット「パイロットとスチュワーデス」として出演。ステージには桜井がパイロット、KANがスチュワーデスのコスチュームを着て登場した。
* 11月28日、SHIBUYA-AXで行われた「RED RIBBON LIVE 2006」にシークレットゲストとして出演。
2007年
* 2月4日、甲斐よしひろのカバー・アルバム『10 Stories』の3曲目「くるみ」にコーラス参加。
* 4月8日 なんばHatch、4月9日 Zepp Tokyoで行われた「Golden Circle vol.10」にシークレットゲストとして出演し、寺岡呼人、ゆず、松任谷由実と共演。このとき披露され、7月11日に「Golden Circle feat.寺岡呼人/松任谷由実/ゆず」として発売された『ミュージック』の作詞に参加。
* 9月12日、三宅伸治のトリビュート・アルバム『つづく』の3曲目「君が降りてきた夏」にボーカル参加。
2008年
* 5月26日SHIBUYA-AX、5月28日Zepp Osakaで行われる「LuckyRaccoonNight vol.2」にKANとのユニット「パイロットとスチュワーデス」として出演予定。

Mr.Childrenに関しては、1997年までの楽曲では「桜井和寿」、1998年以降の楽曲では「Kazutoshi Sakurai」または「KAZUTOSHI SAKURAI」で表記している。ap bankおよびBank Bandでの活動の際には、本名である「櫻井和寿」の名義を用いている。

* 身長172cm、体重64kg(昔の公表数値)。
* 愛称は「桜井さん」「桜井君」「カズ」など。(コンサートでファンが呼びかけるときは、主に「桜井さん」)
* 影響を受けたミュージシャンは浜田省吾、甲斐バンド、桑田佳祐、ECHOESなど。中でも浜田への憧れは相当なもので、子供の頃にコンサートに通い、部屋にスポットライトを作って真似をしたエピソードを紹介したり、浜田との対談で「世界でいちばん浜田さんの物真似が上手いミュージシャン」を自称している。桑田佳祐に関しては「サビへの盛り上げ方は桑田さんから」と、その音楽センスを褒めている[2]。ECHOESに関しては初期の曲をほとんどコピーし、THE WALLS時代の楽曲はその影響を色濃く受けている。
* ライブのMCやテレビ番組でのトークが苦手と公言しており、ライブDVDでは「MCをカットして欲しい」と頼んでいる。1994年頃はそんな自分自身や「真面目なMr.Children」というイメージを打破しようと、FM802のレギュラー番組「MISIC GUMBO」では下ネタを中心にMCを盛り上げていた。そのため一時期関西限定で「エロジジイ」と親しみを込めて呼ばれていた。それ以降、MCに困った時は下ネタに助けられる事もしばしば見受けられる。
* またプライベートでは驚く程音楽を聴かない。なので音楽の流行も知らないし調べようとも思わない。しかしBUMP OF CHICKEN、スガシカオ、尾崎豊、U2は熱心に聴いたり歌ったりする程好き。(papyrus 2007年11号より)
* Mr.Childrenのメンバー曰く非常に責任感が強い性格で、桜井自身は根がオタクだと語っている。そのためライブやテレビで人前に出るよりは、部屋にこもって地道に曲作りをするほうが楽しいと言及している。
* ギターを弾くために、右手の親指の爪にスカルプチュアを装着している。
* デビュー当時の3大目標はCDを100万枚売る、牧瀬里穂と仲良くなる、笑っていいともに出演する事だった。実家が工務店を営んでいるため、CDが売れたら引退して大工になる事も検討していた。現在では、引退後は田舎で自給自足の生活を送りたいと考えている。
* カラオケはあまり行くほうではないが、基本的に自分達の歌は歌わない。よく歌う歌手は中島みゆき、aiko、浜田省吾、甲斐バンド、スガシカオ、BUMP OF CHICKENなど
* 小学生の時は意外にも音楽が大嫌いだった。しかし両親の「何か一つこれだけは誰にも負けないというものを身につけろ」という教育方針のもと、得意のスポーツで活躍し、体育の成績はずば抜けてよかった。少年野球クラブに所属し、監督がチームメイトに「桜井を見習え」と言うほどの万能選手であった[要出典]。空手も習っていた。中学に上がると一転して落語研究会に所属し、坊主頭で「一休寿(いっきゅうことぶき)」として活動していた。
* 大のサッカー好きである。1997年までは田原健一が監督を務める草野球チーム「ジミケン(地味な健一の略)」に所属し、野球を愛好していたが、1998年からサッカーのほうに傾いていった。「ジュビケン(ジュビロ磐田研究会の略)」という草サッカーチームに所属しており、ポジションはフォワード。また数多くの現役サッカー選手と交友があり、特に名波浩と仲が良い。「I'LL BE」は彼のために作り、彼がイタリアに移籍する際には自ら名波への花束贈呈にジュビロ磐田スタジアムに登場した。
* サッカーを始めた頃からジムに通い、「趣味はトレーニング」というほど自分の身体を追い込んでいた。しかし、小脳梗塞で倒れてからは体調を優先させ控えめにしている。運動後のストレッチと、風呂上りのヨーガは欠かさず行っている。サーフィンも好きで、桑田佳祐と一緒に海にに行ったりしている。
* 昔は打ち上げ等で酒をかなり飲み、何度か急性アルコール中毒になり救急車で運ばれた事もある。しかし同様に小脳梗塞になった時期から酒の量を減らし、ツアー中だとほとんど酒を口にしない事もある。
* 好きな本は、写真集『世界の子供たち』(新潮社)、『Happy News』等。
* タバコの煙が大嫌い。昔は吸っていたが「不味いのにかっこつけて無理して吸ってる感じが嫌」という理由で禁煙した。
* 昔、自分の声が気に入らなくて、ウィスキーをコーラで割って飲んでは叫びまくって声を潰した。
【wiki引用】
